主要事件判決3  「白カビチーズ事件」

主要判決全文紹介
《知的財産高等裁判所》
審決取消請求事件
(白カビチーズ事件)
-平成21年(行ケ)第10353号、平成22年9月30日判決言渡-

判示事項
① 本件発明と甲1発明との相違点Bについて
相違点B:本件発明1は「チーズカードを結着するように熟成させて、結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化させ」て得られる状態にあるものであるのに対し、甲1発明は、この旨が特定されていない点。
「上側のチーズと下側のチーズの内部の結着面について、二次熟成の過程で内部の組織が軟化して溶融することは、可能性として考えられるが、熟成後、「分離せずに一体となった状態」となることは、甲1の1、2の記載及び画像から、読み取ることはできない(甲1の2に「中間層におけるトリュフの存在しない部分において、上下のチーズ間に明確な空間の存在が認められないブリーチーズの写真」(摘記事項1-4)とあるが、同写真によれば、上側のチーズと下側のチーズとは、周縁部において離隔している様子が写されており、分離せずに一体となった状態を確認することはできない。)。
のみならず、甲1の1はレストラン又は家庭用の料理レシピであって、そこに記載されている、トリュフ入りブリーチーズは、料理した後に、市場に流通させることを念頭に置いたものではなく、適宜切り分けて、食卓に供されるものであるから、甲1発明において、熟成後、上側のチーズと下側のチーズが分離せずに一体となった状態にすることを想定していない。」
② 本件発明と甲1発明との相違点Eについて
相違点E:本件発明1が、一体化させた後に、「加熱する」ことにより得られるものであるのに対し、甲1発明は、その旨の規定がない点。
「甲1の1は、同記載に係るトリュフ入りブリーチーズが、2~3週間の熟成後、料理として食卓に供されることを念頭に置いた、家庭用、レストラン等の料理レシピであって、製品として市場に流通させる食品を想定したものではない。トリュフ入りブリーチーズを製品として市場に流通させる場合には、製品の輸送、保存の観点から、上側のチーズと下側のチーズの結着面の外周側面における結着の状態、程度、熟成後の加熱殺菌を考慮する必要がある。他方、甲1発明においては、そのような目的を考慮する必要がないことに照らすならば、上側のチーズと下側のチーズの結着面における結合の状態、程度に関する構成は、およそ開示されていると認められないことは、上記2(1)で述べたとおりである。また、白カビチーズの中身は加熱により溶融する性質を有しているから(当事者間に争いがない。)、加熱によりチーズの中身が溶融しても結着部分から漏れないようにするためには、加熟しない場合に比べて、チーズの表皮をカビのマットがより強固に覆っていることが必要と考えられるところ、甲1の1には、加熱しても結着部分からのチーズの中身の漏れがない状態のチーズを製造するための技術的事項が何ら示唆されていない。そうすると、甲1発明については、熟成後のチーズについて保存性を高めるための加熱殺菌処理を行うことの示唆はないというべきである。」
③ 取消事由6(法36条6項2号についての判断の誤り)について
「上記構成は、チーズの結着部分について、チーズの結着部分以外の部分における結着の強さと同じような状態にあることを示すために、「結着綿分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」との構成によって特定したと理解するのが合理的である。また、上記記載細分をそのように解したからといって、特許請求の範囲の記載に基づいて行動する第三者を害するおそれはないといえる。」



事件の骨組
(1)経緯
① 本件特許は、平成17年12月9日に特許第3748266号として設定登録された。
② 被告は、平成19年2月14日、本件特許の無効審判請求(無効2007-800027号)をし、これについて特許庁は、同年12月14日、本件特許を無効とする旨の審決(第1次)をした。
③ 原告は、平成20年3月10日、上記審決(第1次)の取消しを求める訴えを提起し(平成20年(行ケ)第10039号)、同月14日付けで特許庁に対し、訂正審判請求(訂正2008-390028号)をしたことから、裁判所は同年  4月7日、特許法第181条第2項に基づき上記審決(第1次)を取り消す決定をした。
④ 特許庁は、無効審判請求について再び審理し、平成21年2月24日、訂正を認めた上で、再度、本件特許を無効とする旨の審決(第2次)をした。
⑤ 原告は、同年4月3日、上記審決(第2次)の取消しを求める訴えを提起し(平成21年(行ケ)第10091号)、同年5月20日付けで特許庁に対し、訂正審判請求(訂正2009-390069号)をしたことから、裁判所は、同  年6月5日、特許法第181条第2項に基づき上記審決(第2次)を取り消す決定をした。
⑥ 特許庁は、無効審判請求について再度審理し、平成21年9月25日、「訂正を認める。特許第3748266号の請求項1-2に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同年10月7日、原告に送達された。

(2)原告の主張
① 取消事由1(相違点Bに係る構成の容易想到性判断の誤り)
甲1の1において、ブリーチーズにトリュフをはさむのは、カビスターターの添加後から少なくとも5~6週日の時点であり、白カビ自体の成長が10日くらいまでであることからすると、この時点では、白カビによる表皮(マット)の成長は既に終わっており、その後、更に2~3週間熟成させても、ブリーチーズの中身部分は軟化し、とろける状態になりはするものの、白カビの成長による表皮の形成は進行せず、通常の白カビチーズと比べて、外観上全く見分けがつかないものにはなっていない。
② 取消事由2(相違点Eに係る構成の容易想到性判断の誤り)
甲1の1記載のブリーチーズは、トリュフをふんだんに使用する贅沢な家庭料理であり、製品として流通、販売する目的がなく、加熱殺菌処理の必要性はない。したがって、甲1発明の「トリュフ入りブリーチーズ」において、加熱殺菌する構成を採用することの目的及び必要性がないから、阻害要因に当たるといえる。
③ 取消事由3(相違点Fに係る構成の容易想到性判断の誤り)[省略]
④ 取消事由4(本件発明1の顕著な作用効果を看過)[省略]
⑤ 取消事由5[省略]
⑥ 取消事由6(特許法36条6項2号についての判断の誤り)[省略]
審決は、本件発明において「結着部分から引っ張」る力の大きさが規定されていないために、当業者であっても、「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」しているかどうかを判断することができず、本件発明は明確でない、と判断する。
具体的な「結着部分から引っ張」る力の大きさが規定されなくとも、そして、その評価方法からしても、結着部分の強度がそれ以外の外皮部分と少なくとも同等の強度を有することを意味することは明確である。

                   (要約 たくみ特許事務所 佐伯憲生)

  原告 雪印乳業株式会社
  被告 明治乳業株式会社