主要事件判決8  「臭気中和・液体吸収性廃棄袋-進歩性事件」

主要判決全文紹介
《知的財産高等裁判所》
審決取消請求事件
(臭気中和・液体吸収性廃棄袋-進歩性事件)
-平成22年(行ケ)第10351号 平成23年9月28日判決言渡-

判示事項
(1)当業者が、先行技術に基づいて、出願に係る発明を容易に想到することができたか否かを判断するに当たっては、客観的であり、かつ判断が適切であったかを事後に検証することが可能な手法でされることが求められる。そのため、通常は、先行技術たる特定の発明(主たる引用発明)から出発して、先行技術たる別の発明等(従たる引用発明ないし文献に記載された周知の技術等)を適用することによって、出願に係る発明の主たる引用発明に対する特徴点(主たる引用発明と相違する構成)に到達することが容易であったか否かを基準としてされる例が多い。
他方、審決が判断の基礎とした出願に係る発明の「特徴点」は、審決が選択、採用した特定の発明(主たる引用発明)と対比して、どのような技術的な相違があるかを検討した結果として導かれるものであって、絶対的なものではない。発明の「特徴点」は、そのような相対的な性質を有するものであるが、発明は、課題を解決するためにされるものであるから、当該発明の「特徴点」を把握するに当たっては、当該発明が目的とした解決課題及び解決方法という観点から、当該発明と主たる引用発明との相違に着目して、的確に把握することは、必要不可欠といえる。
その上で、容易想到であるか否かを判断するに当たり、「『主たる引用発明』に『従たる引用発明』や『文献に記載された周知の技術』等を適用することによって、前記相違点に係る構成に到達することが容易であった」との立証命題が成立するか否かを検証することが必要となるが、その前提として、従たる引用発明等の内容についても、適切に把握することが不可欠となる。
もっとも、「従たる引用発明等」は、出願前に公知でありさえすれば足りるのであって、周知であることまでが求められるものではない。しかし、実務上、特定の技術が周知であるとすることにより、「主たる引用発明に、特定の技術を適用して、前記相違点に係る構成に到達することが容易である」との立証命題についての検証を省く事例も散見される。特定の技術が「周知である」ということは、上記の立証命題の成否に関する判断過程において、特定の文献に記載、開示された技術内容を上位概念化したり、抽象化したりすることを許容することを意味するものではなく、また、特定の文献に開示された周知技術の示す具体的な解決課題及び解決方法を捨象して結論を導くことを、当然に許容することを意味するものでもない。
本件についてこれをみると、審決は、「主たる引用発明」に「従たる引用発明等」を適用することによって、容易想到性を判断したものではなく、「特定の引用発明」のみを基礎として、これに特定の技術事項が周知であることによって、本願発明と引用発明との相違点に係る構成は、容易に想到することができるとの結論を導いたものである。

(2)相違点1に係る構成の容易想到性の有無について
審決は、「液体不透過性壁の内表面に隣接して吸収材が配置されたシート状部材において、その吸収材に隣接して液透過性のライナーを配置すること(周知事項1)」は、周知例1~5により周知事項であると認定した上で、「してみると、引用例における吸収剤である吸水性ポリマー層に隣接して、液透過性のライナーを配置することは、当業者が容易になし得たことである。」と記載するが、その理由は示されておらず、審決のこの記載には、以下のとおり理由不備ないし判断の誤りがある。
確かに、周知例1ないし5には、液透過性のライナーが、吸収材に隣接して配置された技術が記載されている。
しかし、そのような技術事項が記載されているからといって、本件において、「引用発明を起点として、上記の技術事項を適用することにより、本願発明の相違点1に係る構成に到達することが容易である」との立証命題について、引用発明の内容、本願発明の特徴、相違点の技術的意義、すなわち「液透過性のライナーが、吸収材に隣接して配置された技術」の有する機能、目的ないし解決課題、解決方法等を捨象して、「その吸収材に隣接して液透過性のライナーを配置する」技術一般について、一様に周知であるとして、当然に上記命題が成り立つとの結論を導くことは、妥当を欠く。

(3)相違点2についての容易想到性判断の誤り(取消事由2)について
審決は、本願発明の引用発明との相違点2に係る構成について、「吸収材にゼオライト等の臭気中和組成物を保持させるのに、その組成物を吸収材上に被着させて行うこと」は、周知例6、7により周知事項であると認定した上で、「してみると、引用発明の抗菌性ゼオライトを吸収材上に被着することは、当業者が容易になし得たことである。」と述べるのみであって、その理由を示していない。
引用発明において、抗菌性ゼオライトを吸収性ポリマーに「練り込むこと」に代えて、吸収性ポリマー層の上に「被着」する態様を選択したことを想定すると、当業者であれば、かえって、吸収材表面から抗菌性ゼオライトの粉体が脱落するとの問題が発生するものと理解する(甲12)。そうだとすると、引用発明の「練り込むこと」に代えて、問題の生じる可能性のある態様を選択することは、特段の事情のない限り、回避されるべき手段であると解するのが相当である。審決は、何らの理由を示すこともなく、当然に容易であるとの結論を導いた点において、誤りがある。

事件の骨組
1.本願特許の経緯
平成11年11月16日  特許出願、 特願2000-582314号
発明の名称「臭気中和化および液体吸収性廃棄物袋」
平成21年 2月23日  拒絶査定
平成21年 6月 1日  審判請求 不服2009-10504号
平成22年 7月 5日  審決  「本件審判の請求は、成り立たない。」
2 本願発明の要旨
【請求項1】 
A)飲食物廃棄物の処分のための容器であって、
B)飲食物廃棄物を受け入れるための開口を規定し、かつ
C-1)内表面および外表面を有する液体不透過性壁と、
C-2)前記液体不透過性壁の前記内表面に隣接して配置された吸収材と、
C-3)前記吸収材に隣接して配置された液体透過性ライナーとを備え、
D)前記容器は前記吸収材上に被着された効果的な量の臭気中和組成物を持つ、
飲食物廃棄物の処分のための容器。
(判決注 構成要件の分説及び記号は、原告の主張に合わせて、記載した。)
3.本件審決の理由の要旨
本願発明は、本件優先日前に日本国内において頒布された刊行物である実願昭62-152931号(実開平1-58507号)のマイクロフィルム(甲6。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
(ア) 相違点1
本願発明は、吸収材に隣接して配置された液体透過性ライナーを備えているのに対し、引用発明は、液体透過性ライナーを備えていない点。
(イ) 相違点2
容器は吸収材に保持された効果的な量の臭気中和組成物を持つ点について、本願発明は、臭気中和組成物が吸収材上に被着されているのに対し、引用発明は、臭気中和組成物である抗菌性ゼオライトが、吸収材に練り込まれている点。

4.当事者の主張
(4-1)原告の主張
(1)相違点1についての容易想到性判断の誤り(取消事由1)
刊行物1の2頁1行~4行等の記載を参酌すると、引用発明は、主に生ゴミを収納するのに適したゴミ袋に関するものであり、腐敗臭、悪臭、汚水の発生しないゴミ入れ袋を提供することを目的としている点においては共通する。しかし、その第1図では、吸収ポリマー部分がむき出しになったゴミ袋のみが記載されており、刊行物1のどの記載部分を見ても本願発明の構成要件C-3のような液体透過性ライナーに関する示唆も言及もない。また、刊行物1には、具体的にどのような場面を想定したゴミ袋か明確な記載がなく、本願発明のように、飲食物の廃棄物や食べ残しなどの生ごみを便利に入れて置くことのでき、消費者の家あるいはその近くに比較的長期間に渡って置いておけることに関する示唆も言及もない。そのため、家庭内において飲食物の廃棄物および食べ残しを中に入れる過程で容器の中に手を入れる消費者が、廃液や液状の廃棄物で飽和された吸収材等との偶発的で望ましくない接触を避けるという本願発明の解決課題を生じることはない。以上のとおり、引用発明を起点として、その解決手段である構成要件C-3のような液体透過性ライナーを設ける動機付けは一切存在しない。
以上により、引用発明を起点として、本願発明に容易に到達することはない。
周知例1ないし周知例5から、構成要件C-3が周知であるとすることはできない。のみならず、仮に引用発明に周知例記載の発明を組み合わせることを試みたとしても、以下のとおりの理由により、相違点1に係る構成に至ることが容易であるとはいえない。
(2)相違点2についての容易想到性判断の誤り(取消事由2)
引用発明は、消臭剤である抗菌性ゼオライトを吸水性ポリマー層に練り込んでいる。引用発明に係る明細書では、「芳香消臭剤をゴミ容器周辺にスプレー噴霧しても持続性がなく解決に至っていない」旨の記載がある(明細書1頁下から3行~1行)。このように、引用発明は、ゼオライト等の消臭剤をスプレー噴霧等の方法により被着される方法によっては持続性がなく臭気除去ができないという解決課題について、ゼオライト等の消臭剤を吸水性ポリマー層に練り込むことによって、課題を解決する発明である。
これに対し、本願明細書では、臭気中和組成物は、リンス、スプレー、ディピング等の都合のよい手段により吸収材に被着されることができる旨記載されている(本願明細書段落【0038】)。本願発明は、吸収材の内側表面に消臭剤を被着させることにより内部の生ゴミの消臭がより効率よく行えるのみならず、構成要件C-3の液体透過性ライナーをその内側に設けることにより消臭剤が脱落することを防止すると共に、廃液や吸収材等と消費者との接触が妨げられるという、特有の作用効果がある。
したがって、引用発明の上記構成を、本願発明の構成要件Dのように吸収材の内側表面に被着させる構成に変更することには、阻害事由がある。
周知例6、周知例7から、構成要件Dが周知であるとすることはできない。のみならず、仮に引用例に周知例記載の発明を組み合わせることを試みたとしても、相違点2に係る構成に至ることが容易であるとはいえない。
(3)特許法159条2項で準用する同法50条違反(取消事由3及び4)
-省略-

(4-2)被告の主張
(1)相違点1についての容易想到性判断の誤り(取消事由1)に対して
引用発明は、家庭用の飲食物の廃棄物や食べ残しなどの生ごみを便利に入れておくことができ、消費者の家の近くに比較的長期間に渡って置いておけるゴミ入れ袋であって、生ごみからの液体を吸収し、生ごみからの臭気を防止することを課題とする発明である。飲食物の廃棄物および食べ残しを中に入れる過程でゴミ入れ袋の中に手を入れる場合、ゴミ入れ袋の内面にある、生ごみからの液体を吸収した吸収剤と接触をしないようにすることは、衛生上の観点から求められる一般的課題であり、引用発明においても内在する自明の課題である。
引用発明において、吸収性ポリマーは基材から脱落しやすいことは技術常識である。引用発明の吸水性ポリマー層がプラスチック袋の内面から脱落すると、プラスチック袋内面において吸水の行われない箇所が存在し吸水が不均一となる。吸水性ポリマー層がプラスチック袋から脱落すれば、ゼオライトも脱落し十分な消臭機能が発揮されないことになる。吸水性ポリマー層に練り込まれた抗菌性ゼオライトを脱落させない観点からも、吸水性ポリマー層がプラスチック袋から脱落しないほうが好ましい。
以上のとおり、引用発明において、吸収性ポリマー層がプラスチック袋の内面から脱落しないようにすることも、内在する自明の課題といえる。他方、本願発明は、飲食物の廃棄物や食べ残しの処分に用いられる容器であって、飲食物の食べ残し等(生ごみ)からの液体を吸収し、飲食物の食べ残し等(生ごみ)からの臭気を防止すること課題とする発明である。
したがって、本願発明と引用発明とは、その技術分野及び課題において、共通するといえる。
原告は、周知例1、4、5は、主に食品の保存容器に関する発明であり、食品の保存容器に用いられる液体透過性の層は内容物から出た液体により湿った状態に保たれることが窺われ、そのような層を本願発明に係る家庭用のゴミ袋に用いれば、生ゴミの中に手を入れた消費者が生ゴミから出た廃液との望ましくない接触を避けるという目的を達成できないのであるから、この点において明確な組み合わせ阻害事由が存在すると主張する。
しかし、周知例1、4、5は、周知事項1が従来周知の事項であることを裏付けるために示されたものであり、液体透過性の層の状態について示したものではないから、原告の上記主張は、失当である。また、本願発明は、液状の廃棄物、すなわち生ゴミから出た廃液を吸収した吸収材との接触の防止することを目的とするものであって、生ゴミから出た廃液との接触を避けることを目的としたものではないから、原告の上記主張は、その前提において誤りがある。
(2)相違点2についての容易想到性判断の誤り(取消事由2)に対して
周知例6及び7は、「吸収材にゼオライト等の臭気中和組成物を保持させるのに、その組成物を吸収材上に被着させて行うこと」(以下「周知事項2」という場合がある。)が、周知の事項であることを示している。
引用発明の「吸水性ポリマー層に練り込まれた抗菌性ゼオライト」と、本願発明の「吸収材上に被着された効果的な量の臭気中和組成物」とは、吸収材上に臭気中和組成物が存在する点、及び臭気中和組成物が吸収材の中にまたはその上に含有される点において、実質的に相違しない。
そして、引用発明の「吸水性ポリマー層に練り込まれた抗菌性ゼオライト」も吸収材上に臭気中和組成物が存在するものであること、また引用発明の「抗菌性ゼオライト」と周知事項2の「ゼオライト等の臭気中和組成物」とは、吸収材に備えられ、臭気を除去するという共通の構造、機能、作用を有するものであることから、引用発明に周知事項2を適用することは、当業者において容易に想到し得る。
(3)特許法159条2項で準用する同法50条違反(取消事由3及び4)に対して
-省略-

                   (要約 たくみ特許事務所 佐伯憲生)

  原告  ザ プロクター アンド ギャンブル カンパニー
  被告  特許庁長官