主要事件判決1  「スタチン安定化製剤-進歩性事件」

主要判決全文紹介
《知的財産高等裁判所》
審決取消請求事件
(スタチン安定化製剤-進歩性事件)
-平成23年(行ケ)第10091号、平成24年5月7日判決言渡-

判示事項
(1)審決は、
「そうすると、『低pH環境に対して変質し易い薬物』に関する引用発明1の安定化技術を適用するための前提としては、低pH環境では望ましくない形態に変化してしまう薬物、すなわち投薬時の形態として開環ヒドロキシ-カルボン酸の形態が選択される薬物であって、低pHではラクトン型となって所望の投薬時の形態からは変化してしまう薬物であることが前提となることは明らかである。・・・(中略)・・・」
とし、さらに、
「そこで、以下、本件優先権主張の日前において、甲第2号証に記載のCI-981半カルシウム塩の投薬時の形態として開環ヒドロキシ-カルボン酸の形態で用いることを志向させる何らかの動機づけがあったか否かについて検討する。」
として、甲2の記載からは開環型の形態とすることについて何らの示唆がされているとすることはできないとした。
・・・(中略)・・・
甲2は、
・・・(中略)・・・
甲2に示される化合物について、まず塩の製造方法が記載され、塩形態の使用は、酸またはラクトン形態の使用に等しいことが記載され、続けて、適当な塩がいかなるものか説明され、さらに酸の製造方法に関しても説明されている。そしてCI-981半カルシウム塩に該当する化合物が「最も好ましい態様」であることが記載されている。

 そうすると、審決が判断の前提としたように、CI-981半カルシウム塩がラクトン体に比べて有利な化合物であり、そのことは本件発明において見出された、と評価することはできないのであり、本件発明1は、単に「最も好ましい態様」としてCI-981半カルシウム塩を安定化するものと認めるべきである。
したがって、甲1発明との相違点判断の前提として審決がした開環ヒドロキシカルボン酸の形態におけるCI-981半カルシウム塩についての認定は、本件発明1においても、また甲2に記載された技術的事項においても、硬直にすぎるということができる。この形態において本件発明1と甲2に記載された技術的事項は実質的に相違するものではなく、この技術的事項を、甲1発明との相違点に関する本件発明1の構成を適用することの可否について前提とした審決の認定は誤りであって、甲1発明との相違点の容易想到性判断の前提において、結論に影響する認定の誤りがあるというべきである。

(2)被告は、本件発明1のCI-981半カルシウム塩は、塩の形態のヒドロキシ酸部分のほかピロール環、アミド結合等を有しており、その不安定性を構造のみから予測することは困難であり、この化合物が、熱、湿気、および光による不安定化、製剤中の他の成分の分子部分と接触することによる不安定化など種々の不安定化要因を抱えていることは、実験してみなければ知り得ないことであり、この課題は、CI-981半カルシウム塩を製剤化する上での問題点として、本件明細書により初めて明らかにされたものであり、出願時に公知の課題として存在していたものではなかったと主張する。しかし、本件明細書には、実施例4~7として、CI-981半カルシウム塩製剤を45℃又は60℃で2週間および4週間貯蔵した後の薬剤残留%について測定した実験について記載されているものの、この実験における薬剤の喪失が具体的にいかなる原因や化学変化によるものであるかの解析、すなわち、熱、湿気、光、製剤中の他の成分の分子部分との接触など種々の要因による不安定化のそれぞれの要因ごとに、本件発明の「安定化金属塩添加剤」なる成分がどのように働いて安定化するかについての具体的な検討は、されていない。したがって、被告の上記主張は本件明細書の記載に裏付けられたものではなく、理由がない。

(3)被告は、CI-981について臨床試験中という事実が存在しても、CI-981が医薬として製剤化する対象となりうるかどうかは全く不確定な状態にあるから、「治験薬物として使用されたこと」が直ちに「製剤化する場合の原薬として好ましい形態」として開発対象となるとはいえないとか、CI-981開環体あるいはCI-981半カルシウム塩が臨床試験中という事実を知り得たとしても、当業者はその形態をすぐさま製剤原薬として採用し、かつ、安定化された経口治療用医薬組成物を製造しようとすることを動機づけられるものではないと主張する。これらの主張が成立するためには、本件発明の医薬組成物に含まれるCI-981半カルシウム塩が、特にこれを選んで製剤化対象とする程度に、ラクトン体のような他の形態の化合物と比較して医薬として優れていることが本件明細書において具体的に確認されていることが前提として必要となる。しかし本件明細書には、CI-981半カルシウム塩が他の形態と比較して優れているかについて具体的な記載はなく、ただ抽象的に「好ましい」などと記載されているにすぎない。したがって、被告のこの主張は、本件明細書の記載に裏付けられたものではなく、理由がない。



事件の骨組
1.本件の経緯
平成 5年12月20日 特許出願  特願平6-517015号
発明の名称「安定な経口用のCI-981製剤およびその製法」
平成13年11月22日 特許登録 特許第3254219号
平成21年11月17日 原告ら、無効審判請求 無効2009-800236号
平成22年 3月 8日 訂正請求 
平成23年 2月 8日 審決
「訂正を認める。本件審判の請求は成り立たない。」

1 本願発明の概要
【請求項1】 混合物中に、
活性成分として、〔R-(R*.R*)〕-2-(4-フルオロフェニル)-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-〔(フェニルアミノ)カルボニル)-1H-ピロール-1-ヘプタン酸半-カルシウム塩および、
少なくとも1種の医薬的に許容し得る塩基性の安定化金属塩添加剤
を含有する改善された安定性によって特徴づけられる高コレステロール血症または高脂質血症の経口治療用の医薬組成物。

3 本件審決の概要
無効理由1(特許法36条5項2号の規定に違反する。)につき、
-省略-
無効理由2(特許法36条5項1号(サポート要件)に違反する。)につき、   -省略-
-省略-
無効理由3(本件発明は特開平2-6406号公報(甲1)、特開平3-58967号公報(甲2)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた。)につき、
(ア)甲1記載の発明(甲1発明)におけるプラバスタチンに代えて、甲2記載のCI-981半カルシウム塩を使用すること(下記相違点の構成)を当業者が容易に想到し得たとすることはできない、
(イ)甲2を主引用例としても、本件発明1の進歩性は否定できない

3.当事者の主張
〔原告の主張〕
1 取消事由1(サポート要件違反に関する判断の誤り)
-省略-
2 取消事由2(甲2に記載された技術内容の認定誤りによる容易想到性判断の誤り)
そうすると、投薬時の形態として開環したヒドロキシカルボン酸の形態が選択され、低pH環境下ではラクトン型となってしまう薬物に甲1に記載された安定化技術を適用してみることは当業者にとって容易であったといえる。したがって、甲2記載のCI-981半カルシウム塩が、投薬時に開環したヒドロキシカルボン酸の形態で用いられることを志向させる何らかの記載ないし示唆があれば、甲1に記載された「低pH環境に対して変質し易い薬物」に代えてCI-981半カルシウム塩を用いることが当業者にとって容易になし得たことになる。
よって、甲2に記載された技術的事項を、実施例1~10の記載を中心に総合的に解釈すれば、CI-981ヒドロキシカルボン酸半カルシウム塩として用いることが志向されていると読み取ることができる。
審決は、特許請求の範囲に開環型のヒドロキシカルボン酸とラクトン体とが並列的に記載されていることが、甲2にヒドロキシカルボン酸の形態がラクトン体よりも好ましいことの記載や示唆がないことの根拠として挙げている(24頁36行~25頁8行)。しかし、甲2の実施例1~10は、総合的にみれば、CI-981ヒドロキシカルボン酸(R体)の半カルシウム塩を製造するための工程の記載であり、「甲2にヒドロキシカルボン酸の形態がラクトン体よりも好ましいことの記載や示唆がない」との審決の判断は誤りである。

3 取消事由3(周知技術の認定誤りによる容易想到性判断の誤り)
-省略-

〔被告の反論〕
1 取消事由1に対して
-省略-
2 取消事由2に対して
甲2は、コレステロール生合成の抑制剤として有用である米国特許第4681893号に記載の化合物について、そのR体が高いコレステロール生合成の抑制作用を有することを見出し、このR体化合物及びその用途について記載した特許出願の明細書であって、新規な複数の化合物の発明が記載されたものであり、CI-981ラクトン体、CI-981ヒドロキシカルボン酸及びその薬学的に許容しうる塩は、同等に開示されている。・・・(中略)・・・したがって、半カルシウム塩は単にR体化合物を取得するにあたっての好ましい例と解すべきである。「本発明の式IもしくはIIの化合物またはその薬学的に許容し得る塩から調製される医薬組成物である。」、「式IおよびIIの化合物並びにその薬学的に許容し得る塩は、ここに記載の用途の活性に関し一般的に等価である。」との記載からは、化合物がR体であるならば、ラクトン体であっても遊離酸であっても、また塩の形態であっても、その生理活性は同じであることが明らかであり、用途発明である医薬組成物の有効成分として特定の形態は推奨されていない。
3 取消事由3に対して
-省略-

                   (要約 たくみ特許事務所 佐伯憲生)

 原告   沢井製薬株式会社

 被告   ワーナー-ランバート カンパニー リミテッド ライアビリティー カンパニー