主要事件判決6  「水和物における進歩性事件」

主要判決全文紹介
《知的財産高等裁判所》
審決取消請求事件
(水和物における進歩性事件)
-平成23年(行ケ)第10340号、平成25年1月30日判決言渡-

判示事項
(1)取消事由1について
本件発明の引用発明との相違点についての容易想到性を判断するに当たっては、各相違点の全体を判断の対象とすべきであって、相違点を構成する各要素に分離して、各要素のそれぞれが容易でありさえすれば、そのことから直ちに、相違点に係る構成の全体が容易想到であるとの結論を導くべきでないことはいうまでもない(なお、相違点の抽出の仕方についても、もとより同様である。)。
上記観点から、審決の判断の当否について検討する。
フリー体は、2個のホスホン酸基を有する化合物であり、有機酸の一種であるから、フリー体がイオン化して陽イオンと共に塩を形成することがあり、他方、フリー体又はその塩を含む化学物質は、結晶水と共に結晶化する場合がある。そして、フリー体が塩を形成するか否かという点と、フリー体又はその塩が水和物を形成するか否かという点は、それぞれ別個の事項である。ところで、審決は、「モノナトリウム塩とすることの容易想到性」と「トリハイドレートとすることの容易想到性」を個別に判断しているが、本件における上記の判断手法は、複数の事項を含む相違点について、論理的な順序に従った合理的な判断であるといえること、また、相違点に係る構成の全体についても容易想到であるとの総合的な評価がされていると解されることに照らすならば、本件における審決の判断方法に、原告の指摘する違法はないというべきである。

(2)取消事由2について(モノナトリウム塩とすることの容易想到性について)
以上のとおり、一般に薬物の製剤化に際して、その塩を用いることを検討するのは当業者の通常行うことであって、かつ、フリー体にモノナトリウム塩が存在することは甲5の記載によっても技術常識によっても明らかであることからすると、フリー体をモノナトリウム塩とすることは、容易想到であると認められる。
この点に関する審決の判断に誤りはない。

(3)取消事由3について(トリハイドレートとすることの容易想到性について)
これらからすると、当業者は、フリー体の製剤化に際して、フリー体のモノナトリウム塩を用いることを検討し(前記2(2)のとおり)、かつ、フリー体のモノナトリウム塩に何らかの水和物が存在するか、存在する場合、その吸収特性を含めその特性はどのようなものかを調査しようとするのは当然である。また、結晶水は熱すれば、ある温度で段階的に脱水することも周知の事項である(前記1(8))から、当業者が析出物の乾燥条件を設定するに際しては、当然に、結晶水が脱水しない条件も設定しようとすると考えられる(このことは審決が指摘する「乙12の形態E」(本件の甲18)の生成条件にも現れている。)。そうすると、当業者において、前記1(11)の高温条件による乾燥のみを行うとは考えられず、前記1(9)及び(10)に記載の各実験の乾燥条件による乾燥も通常に行うと認められる。
以上のとおり、前記1(9)及び(10)に記載の各実験はフリー体のモノナトリウム塩を製造するに際して、通常採用される条件である。そして、引用発明に接した当業者は、フリー体のモノナトリウム塩に容易に想到する(前記(2))のであるから、フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートについても容易に想到するというべきで、審決の結論には違法はない。



事件の骨組
(1)経緯
平成 2年 6月11日  本件特許出願(優先日 1989年6月9日)
平成 7年 5月12日  特許第1931325号として設定登録。
平成20年 4月 8日  被告:請求項6及び7にかかる発明は無効であるとする無効審判の請求。
無効2008-800062号
平成21年 2月25日  本件発明6及び7を無効とする旨の審決。
原告:審決取消訴訟
東京知財高裁 平成21年(行ケ)第10180号
平成22年 8月19日  判決:「審決を取り消す」旨
平成23年 6月17日  特許庁再度、本件発明6及び7を無効とする旨の審決。
原告:審決取消訴訟

(2)審決の概要
本件発明は、甲5(特開昭58-189193号公報)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから、本件発明に係る本件特許は無効とするべきであるというものである。
審決が認定した本件発明と引用発明の相違点:
有効成分が、本件発明では、「4-アミノ-1-ヒドロキシブチリデン-1,1-ビスホスホン酸モノナトリウム塩トリハイドレート」であるのに対し、引用発明では「4-アミノ-1-ヒドロキシブチリデン-1,1-ビスホスホン酸」(以下「フリー体」という。)であって、モノナトリウム塩トリハイドレートである点について特定されていない点。



(3)原告の主張
① 容易想到性に関する判断手法の誤り(取消事由1)
モノナトリウム塩トリハイドレートは、水分子を含む特定の化学構造を有し、規則正しい三次元構造を形成した化合物であって、それ自体不可分一体の物質であるから、あたかも機械とそれを構成する部品のように、一つの部分とその他の部分とに分断して観念できるものではない。容易想到性の有無の判断は、引用発明のフリー体である化合物から出発して、本件発明の固体状医薬組成物の有効成分たるモノナトリウム塩トリハイドレートに想到することが容易か否かについて判断すべきであるにもかかわらず、別個に分離して判断をした審決の判断手法には誤りがある。
② モノナトリウム塩への容易想到性判断の誤り(取消事由2)
審決は何ら証拠を挙げることなく、慣用手段を認定しており、この点で審決は違法である。
また、慣用手段とは、何らかの課題を解決するための手段であって、何らかの課題を解決しようする動機があってはじめて適用可能である。しかし、甲5には、フリー体をフリー体のまま医薬として用いることに何らかの解決課題があることを示す記載はないから、たとえ解決手段が慣用的なものであったとしても、フリー体について、かかる慣用手段を適用する前提を欠く。
③ トリハイドレートへの容易想到性判断の誤り(取消事由3)
審決は、甲18ないし21、22の2及び15に示された化合物を副引用発明として列挙しておらず、また、これらがいずれも優先日当時に周知であったことを認定していないから、理由不備である。
また、仮に、これらの化合物が優先日当時に周知であったとしても、その構造は、フリー体と異なる。有機化合物において、その構造が異なれば、水和物が生成する性質を有するか否かも異なる。また、仮に水和物が生成する場合であっても、水和物の形態は、それぞれ異なるので、当該有機化合物と分子構造の一部が共通する他の有機化合物において、水和物が存在するからといって、当該有機化合物において水和物が存在すると推論することはできない。以上のとおり、上記の各化合物に水和物の結晶形態が存在するからといって、そのことから、フリー体のモノナトリウム塩に水和物の結晶形態が存在し得ることを当業者が容易に推考できたとはいえない。

(4)被告の反論
-省略-

                   (要約 たくみ特許事務所 佐伯憲生)

原告 メルク・エンド・カンパニー・インクズ・エム・エス・デイー・オーバーシーズ・マニュフアクチュアリング・カンパニー(アイルランド)
被告 日本薬品工業株式会社